健康診断の待ち時間は、なぜ長く感じる?
ぼくは健康診断の受付を24年やっています。検診車の運転もします。
この仕事をしていて、いちばんよく浴びる言葉があります。
「まだですか」
怒っている人もいれば、困った顔で聞く人もいます。どちらにしても、聞かれるということは、その人はもう限界に近い、ということです。
ずっと、この「まだですか」を減らしたくて、工夫を重ねてきました。そして、24年かけて、ようやく分かったことがあります。
長いから苦しいのではありませんでした。
以前、〈クレームは「待ち時間」ではなく「不安」から生まれる〉という記事を書きました。今日は、その「不安」がどこで生まれて、どこで不満に変わるのかを、もう少しほどいて書いてみます。
受付には、どれくらいの人が並んでいる?
まず、実際の景色から書きます。毎回混んでいるわけではありません。すいている日もあります。ただ、混む日は30人以上が並びます。
並んでいる本人は、自分の前に何人いるかまでは数えません。ただ「たくさん並んでいる」と感じるだけです。そして混む日に最後尾へ並んだ人は、30分以上待つことになる日もあります。
最後尾に並んだ人は、その時間を何だと思っている?
健康診断に来る人の大半は、「会社に言われたから来た」という気持ちで来ています。自分から受けたくて来た人は、正直そんなに多くありません。
そして、みんな「早く帰りたい」と思っています。仕事の途中で抜けてきた人、午後から現場に戻る人、子どものお迎えがある人。健診はその日の予定の一部でしかなくて、主役ではないんです。
その人たちにとって、30分は「30分」ではありません。「あと何分あるか分からない30分」です。
苦情の本当の原因は、「長さ」ではなかった?
あるとき、気がつきました。
怒っている人が言っているのは、「長い」ではなくて「いつまで待つのか分からない」だったんです。
口から出てくる言葉は「まだですか」だけです。でも、その中身はこういうことだと、ぼくは思っています。
- 時間の目安がわからない
- だから、予定が組めない
- ゴールがどこにあるのか、わからない
そして、ここからが本題です。
ゴールがわからないと、人は不安になります。その不安は、やがて不満に変わります。
不安のうちは、まだ黙って座っています。それが不満に変わったところで、はじめて「まだですか」という言葉になって出てくる。受付に届く頃には、もう一段階進んだあとなんです。
これは健診にかぎった話ではないと思います。渋滞でも、レジでも、電話の保留でも同じで、分かっている10分より、分からない5分のほうが長く感じます。
動線を工夫すれば、苦情は減る?
ぼくは長いあいだ、これを「時間の問題」だと思っていました。
だから、動線を工夫しました。人の流れがぶつからないように並び方を変える。受付の手元を速くする。書類の受け渡しで止まらないようにする。実際、回転は上がりました。同じ時間で、前より多くの人を通せるようになりました。
それでも、苦情は減りませんでした。
これは、けっこうこたえました。速くしたのに、言われる言葉が変わらないんです。
いま会場のつくり方で気をつけているのは、速さよりも、こちらです。
いま自分が何の検査を待っている列なのか、目で見て分かるように配置する。
血圧の列なのか、採血の列なのか、レントゲンの列なのか。それが見て分かるだけで、待っている人の中に地図ができます。そして、これは受診者のためだけではありません。ぼくたちスタッフが、いまどこが詰まっているのかを把握するためでもあります。
同じ配置が、両側から効く。ここに気づくまで、ずいぶんかかりました。
時間割を組めば、混雑は解決する?
最近の話も書いておきます。いまは時間割を組んで、朝の混雑をならそうとしている現場が増えました。受ける人を時間帯で分けて、いっぺんに来ないようにする。実際、朝いちばんの山は、前より低くなっています。
ただ、待っている側から見えないところで、ひとつ変わったことがあります。
時間どおりに進めなければいけない、というプレッシャーを、ぼくは感じるようになりました。
これは、ぼく個人の感じ方の話です。同じ現場の全員がそう思っているかは分かりません。ただ、時間割があるということは、進み具合が自分にも見えてしまう、ということでもあります。列を見ながら「このままじゃ捌けない」と思う瞬間が、頭の中にはっきり出てくるようになりました。
混雑を減らす工夫は、たしかに効いています。そのうえで、こちら側の緊張は増えました。両方が、本当です。
先着順に並ぶのは、古いやり方?
ここが、いまのぼくがいちばん大事だと思っているところです。
番号を配ったり、時間で区切ったり、やり方はいろいろあります。そのうえで、先着順に並んでもらうこと自体が、時間を見える化する方法のひとつだと、ぼくは考えています。
理由は単純です。
自分の順番が、目で見て分かるからです。
列に並んでいると、こういうことが起きます。
- あの人が呼ばれた。じゃあ自分はもう少しだな
- あの人は時間がかかってるなぁ
- 前が3人減った。さっきより進んでいる
誰にも教わっていないのに、自分で状況を読み始めるんです。
待っている人が自分の順番に関心を持てる状態かどうか。ここが、待ち時間の感じ方を変えます。関心を持てているあいだは、時間はまだ「自分の側」にあります。何も分からないまま座らされている時間だけが、まるごと奪われた時間になります。
だからぼくは、列を隠さないほうがいいと思っています。何人待っているか分からない場所で待たされるより、目の前に列がある方が、人は待てます。
機械が速くなると、人は驚く?
ひとつだけ、最近あった話を。バーコードで受付をしていたら、受診された方に「おぉーー!!」と驚かれました。
こちらは、ただ慣れただけです。特別なことは何もしていません。でも、待っている側から見ると、手続きが目の前でパッと進むのは、それだけで気持ちのいいことなんだと思います。
速さそのものより、「進んでいるのが見える」ことのほうが、たぶん効いています。列が動いているのが見えると、人は待てます。
ちなみに、この機械のことも検診車の勝手も、ぜんぶ現場で覚えました。入ったときは大型免許も持っておらず、最初の会社で、必要に迫られて自分から取りに行ったものです(〈健康診断の「検診車の運転手」を24年やっています〉に書きました)。
受付を24年やって、いま何を考えている?
正直に書くと、ぼくは魔法のような解決策を持っていません。待ち時間をゼロにはできませんし、人数も機械の台数も、こちらで増やせるものではありません。
それでも、できることがあります。
分からない時間を、分かる時間に変えることです。
ただし、これはこちらに余裕がないとできません。受付が回らなくなっているときに、ていねいな声かけはできないんです。だから受診者の不安を減らすことと、スタッフの余裕をつくることは、両方セットでないと成立しない。ここが、24年やって出したぼくの結論です。
健診の会場は、待っている人にとって「自分で決められることが少ない場所」です。座る場所も、呼ばれる順番も、次に行く検査も、こちらが決めます(〈健康診断は「受けるだけ」でもしんどい〉にも書きました)。
だからせめて、待っている時間くらいは、少しでも自分の手に戻ってほしいと思っています。
まとめ:待たされている側に、伝えておきたいこと
健康診断の待ち時間について、受付の側から書きました。
- 苦情の中身は「長い」ではなく「いつまで待つのか分からない」だった
- 目安がわからない。予定が組めない。ゴールが見えない。それが不安になり、やがて不満に変わる
- 動線を工夫して回転を上げても、苦情は減らなかった
- いま気をつけているのは、何の検査を待つ列かが目で見て分かる配置。スタッフが状況を把握するためでもある
- 先着順に並ぶこと自体が、時間を見える化する方法のひとつだと考えている
- そのためには、こちら側に余裕がいる
もしあなたが今度健診に行って、また待たされたら。イライラする前に、一度だけ列を見てみてください。
あの人が呼ばれたから、自分はもう少しだな。あの人は時間がかかっているな。前が3人減ったな。
それだけで、待ち時間の色が変わります。分からない時間が、少しだけ分かる時間になります。
受付に立っていると、こちらからは言えません。列は止められないし、長い説明もできないからです。
だから、ここに書いておきます。
なお、ぼくは受付であって、医療者ではありません。検査の内容や体のことで気になる点があるときは、当日の医療スタッフや、かかりつけの医療機関にご相談ください。
よくある質問
待っているあいだ、いちばんつらいのは何だと思いますか?
時間の目安がわからないことだと思っています。目安がわからないと予定が組めず、ゴールも見えません。それが不安になり、やがて不満に変わります。「長い」と言われるときの中身は、たいていこれです。
先着順に並ぶより、番号や時間で区切ったほうが親切では?
どちらが正しいという話ではないと思っています。そのうえでぼくは、先着順に並んでもらうこと自体に意味があると考えています。自分の順番が目で見て分かるからです。「あの人が呼ばれたから、自分はもう少しだな」と、待っている人が自分から状況を読めるようになります。
会場の配置は、受診者のために決めているのですか?
それだけではありません。いま何の検査を待つ列なのかが目で見て分かる配置は、ぼくたちスタッフが、どこが詰まっているかを把握するためでもあります。同じ工夫が、待つ側と回す側の両方に効いています。
待ち時間そのものを短くする方法はありますか?
受付にできることは、正直かぎられています。人数も機械の台数も増やせません。だから短くすることより、見えるようにすることに力を使っています。それも、こちらに余裕がある日でないとできません。そこは、まだ課題です。
日々の現場での気づきは、Xでも書いています。
👉 @genba50ai
