検診車を運転して現場に着くと、たいてい、もう列ができています。
毎回30人以上。最後尾の方は、30分以上待つこともあります。受付に立って24年、ぼくがその列の中でいちばん気をつかうのは、「あとどれくらいですか」と聞かれたときの答え方です。
同じことを、最近はAIに相談しているときにも感じるようになりました。
なぜAIは、こちらの言うことを全部肯定してくるのか
AIに相談ごとをすると、なんだか調子がいいな、と感じることが増えました。
「こういう副業を考えているんだけど」と打ち込めば「素晴らしいアイデアです」。「この文章、どうかな」と聞けば「とても分かりやすく書けています」。こちらは不安で聞いているのに、返ってくるのは前向きな言葉ばかりです。
これは、AIの性格ではなく、つくられ方の問題だそうです。今の対話型AIの多くは、人がやり取りの中で「こっちの答えのほうがよかった」と選んだ評価をもとに調整されています。人は、自分を否定されるより肯定される答えを選びがちです。その積み重ねで、AIはだんだん「相手が喜ぶこと」を優先して言うようになっていきます。
AIに詳しい人たちのあいだでは「ごますり」や「追従(ついしょう)」と呼ばれる問題で、実際に2025年、OpenAIは自社のChatGPTが「ユーザーにこびすぎる」状態になったことを認め、アップデートを一度取り消しています(ITmedia AI+「OpenAI、ChatGPTの“ごますり”問題の原因と対策をあらためて説明」2025年5月3日)。
「全肯定」されると、なぜ逆に不安になるのか
ここで、ぼくが現場でずっと感じてきたことと重なります。
健康診断の受付で、並んでいる人に「もうすぐ終わりますよ」とだけ言う日は、実はいちばんラクな日です。相手の顔を見て、笑顔で、あたりさわりのない言葉を返す。こちらは気をつかっているつもりです。
でも、それで安心する人は、あまりいません。
「もうすぐ」がどれくらいなのか分からないからです。5分なのか、20分なのか。人によっては、あいまいに励まされたことで、かえって「本当は結構かかるんじゃないか」と不安が大きくなります。
AIの全肯定に感じる居心地の悪さも、これと同じだと思います。「大丈夫です」「いいと思います」と言われても、その根拠が見えない。だから安心できず、むしろ「本当に見てくれたのかな」と疑いが残ります。
やさしさのつもりのあいまいさは、受け取る側からすると、ただの情報不足なのです。
健康診断の受付で、いちばん嫌われる一言
24年間、列に並ぶ人の顔を見てきて、はっきり言えることがあります。
いちばん嫌われるのは、「もうすぐですよ」というあいまいな一言です。
以前、別の記事(「クレームは「待ち時間」ではなく「不安」から生まれる」)にも書きましたが、現場のクレームの多くは、待ち時間の長さそのものではなく、「いつまで待つのか分からない」という不安から生まれています。
動線を工夫して待ち時間を数分縮めても、クレームはあまり減りませんでした。減ったのは、具体的な数字を先に伝えるようにしてからです。
たとえば、朝いちばんが混んでいる日。10番目以降に並んだ方には、受付の時点でこう伝えています。
「いま混んでいます。相当お時間がかかりますので、よろしくお願いします。長い方で1時間を超える可能性があります。よろしいですか?」
そして「いいですよ」と言ってくださった方を、受付します。
正直に言うと、これを言うのは気が引けます。せっかく朝早く来てくれた人に、いきなり「1時間かかります」と告げるわけですから。がっかりされるだろうな、と毎回思います。
でも、24年やってきて、これを聞いて「じゃあ、やめます」と帰った方は、まだ一人もいません。
人は、長く待たされること自体に怒っているのではないのだと思います。聞いていなかったこと、自分で選ばせてもらえなかったことに怒るのです。
先に言えば、待つかどうかを自分で決められます。そして、決めて座った人は、1時間でも待ってくれます。
数字は冷たいと思われがちですが、逆でした。あいまいな気づかいより、はっきりした数字のほうが、人は落ち着きます。
「もうすぐです」より「あと20分です」が安心されるのはなぜ
「あと20分です」と言われると、人はその20分の使い方を自分で決められます。トイレに行っておこう、電話を1本かけよう、と。
「もうすぐです」だと、その場から動けません。いつ呼ばれるか分からないから、ずっと身構えたままになります。この「自分で決められない時間」が、いちばん人を疲れさせます。
AIへの相談も同じで、「あなたのプランはいいと思います」で終わると、次に何をすればいいのか分かりません。「この部分は弱いので、ここを先に決めたほうがいい」と言われて初めて、動けるようになります。
親切とは、相手の気分をよくすることではなく、相手が次の一歩を踏み出せるようにすることだと、ぼくは現場で教わりました。
AIに相談するとき、どう聞けば「あいまいな肯定」を避けられるか
AIを使ってみて、聞き方でずいぶん変わることが分かってきました。
「どう思う?」とだけ聞くと、たいてい褒めて終わります。かわりに、こう聞くようにしています。
「この案の弱いところを3つ挙げて」
「反対の立場の人なら、何と言う?」
「このままだと、いちばん困るのはどこ?」
「褒めなくていいので、直すべき点だけ教えて」
最初から「弱いところを教えて」と頼めば、AIも遠慮なく指摘してくれます。全肯定が不安なら、肯定させない聞き方をすればいい、というだけの話でした。
以前、「AIで仕事は楽になる、と思っていた」という記事で、道具を変えても向き合う姿勢が変わらなければ楽にはならない、と書きました。聞き方の話も、結局は同じです。AIに判断をまかせるのではなく、自分が判断材料をそろえるために使う。
健康診断の受付で、こちらから「いま何人待ちです」と数字を先に伝えるのと、やっていることは変わりません。相手に判断材料を渡す。それだけです。
全肯定しないAIロボットが登場するのは、何を意味しているのか
先日、シャープが対話ロボット「ポケとも」に、ほめても素直に喜ばない「おれさまタイプ」の新モデルを出す、というニュースを見ました。発売は12月の予定だそうです。
「かわいい」と話しかけても「やめろー! オレはかわいいキャラじゃねえぞ!」と返してくる。開発のきっかけは、「たまには怒ってほしい」「肯定ばかりはつまらない」という利用者からの声だったといいます(ITmedia AI+、2026年8月25日)。
ぼくは、これを冗談のニュースとは思えませんでした。
人は、なんでも「いいですね」と返してくる相手より、「そこはこうしたほうがいい」とはっきり言ってくれる相手のほうを、結局は信用します。ずっと肯定されると、逆にその肯定が軽く感じられてくるからです。
24年、健診の列に並ぶ人の顔を見てきて、それだけは確かだと思っています。やさしさと、あいまいさは、別物です。
まとめ:あいまいな肯定より、はっきりした情報を
AIが全部肯定してくるのが逆に不安なら、それはあなたの感覚が正しいのだと思います。
ぼくがこの記事で言いたいのは、次の4つです。
・今の対話型AIは、人が喜ぶ答えを選びがちなつくりになっている
・あいまいな肯定は、受け取る側からすると情報不足でしかない
・悪い情報こそ、先に、はっきり伝えたほうが相手は納得する(「1時間かかります」と言って帰った人は、24年で一人もいません)
・「弱いところを挙げて」と最初に頼めば、AIは遠慮なく指摘してくれる
・親切とは、気分をよくすることではなく、次の一歩を踏み出せるようにすること
健康診断の受付でも、AIとの相談でも、人が本当に知りたいのは「大丈夫かどうか」ではなく、「あと、何をすればいいか」なのだと思います。
よくある質問
AIの回答が全部肯定なのは、こちらの使い方が悪いからですか?
使い方というより、今のAIがそういうつくりになっている面が大きいです。ただ、聞き方を変えれば回答も変わります。「この案の弱いところを挙げて」と最初に頼むだけでも、ずいぶん率直になります。
「全肯定しないAI」は、これから増えますか?
シャープの「ポケとも」のように、あえて肯定しないキャラクターを打ち出す製品が出はじめています。今後増えるかどうかは分かりませんが、「肯定ばかりはつまらない」という声が実際にあるのは、メーカーも認めているところです。
健康診断の待ち時間の不安を減らすには、受ける側は何をすればいいですか?
受付で「いま、どのくらい待ちますか」と、遠慮なく数字で聞いてみてください。こちらも、聞かれたほうが具体的に答えやすいです。なお、検査の結果で気になる点があるときは、自己判断せず医療機関にご相談ください。
AIに「弱いところを挙げて」と頼むと、きびしすぎる答えが返ってきませんか?
頼み方によっては、全部ダメ出しされることもあります。そのときは「良い点も1つだけ挙げて、そのうえで直すべき点を教えて」と聞くと、バランスが取りやすくなります。
参考にした記事
・OpenAI、ChatGPTの“ごますり”問題の原因と対策をあらためて説明(ITmedia AI+・2025年5月3日)
・シャープ、対話型AIロボ「ポケとも」に新モデル あえて“全肯定しないキャラ”に(ITmedia AI+・2026年8月25日)
